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コーヒー3杯

紙の日記が苦手だから。

貧乏人の経済学(みすず書房)

「本当にそれは正しいの?」「もう少し考えてみない?」

客観的に現状を見つめる視座を与えてくれる、最近の中では群を抜いて読んで良かった一冊。
これまで本書のような視点による論が出回らなかったことが不思議。

貧乏人の経済学 - もういちど貧困問題を根っこから考える

貧乏人の経済学 - もういちど貧困問題を根っこから考える

本書は一般的に言われていることをもう一度具体的な観点まで落とし込んでみよう、そしてもう一度考えてみよう、という試みをしかけてくる。やさしい書き口ながら、途上国の貧困にまつわる今までの思い込みや刷り込みを払拭し、思考停止していた視点を刺激してくれる。
読みながら久しぶりに頭が興奮した。まさに目からウロコがこぼれ落ちる瞬間の連続だった。

以下、印象的だった箇所を抜粋。
こうやって抜き出してみると、途上国の人々だけでなく、いま自分の生きている世界にも当てはまるメッセージがちらほら。
貧乏を克服する、解決することへの糸口は希望への射程距離であることは間違いない。
その距離をどう縮めることができるか。
一朝一夕では解決できないと、筆者は言っている。



貧乏な人の世界は、機会がみすみす見過ごされる場所だと思われがちです。<中略> 貧乏な人々は、機会なる代物や、生活が劇的に変化する可能性についてもっと懐疑的です。犠牲を払うに値するだけの大きな変化は、とにかく時間がかかりすぎると考えているかのような行動をとります。
貧乏な人々は収入が増えても食事の量や質を改善したりしません。食べ物と競合する圧力や欲望が多すぎるからです。
自分の健康についての正しい決断を責任もって下せるほどに賢く、忍耐強く、知識のある人など、だれもいないということを認識すべきです。
才能を確認する正攻法は一つしかなく、それはたっぷり時間をかけて、何が得意かを人が示せるだけの十分な機会を与えるようにすることだということです。そしてそれは、本来なら教育制度の仕事であるはずです。
もしも子供たちが自信を持つことを学べば、彼らにもチャンスはあります。特に、制度が彼らを助けようとしてくれるならなおさらです。
希望の喪失と、楽な出口なんかないのだという感覚があると、坂道をまた上ろうとするのに必要な自制心を持つのはそれだけ困難になります。
貧乏人は支払いが滞ったら本気で自分を痛めつけることができる相手からお金を借りるようになります。
多くの貧乏な人の貯金方法はお金を他人から安全に守るだけでなく、自分自身から守るようにも意図されているのです。
あまり貯蓄しないのは貧乏な人には魅力的です。なぜなら彼らにとっては、目標はずいぶん遠いからで、そしてそこに至るまでのいろいろ誘惑があるのを彼ら自身がわかっているからです。でももちろん、貯蓄しなければ貧乏なままです。
いくら貯金すべきかという判断は、金持ちだろうと貧乏人だろうと、むずかしい判断なのです。 <中略> 金持ちになればなるほど、そうした判断はだれか別の人がしてくれます。 <中略> 貧乏な人にはこうした仕掛けがいっさいありません。 <中略> 毎週、毎月積み立て貯金を続けるには、何度も自制心の問題を克服しなければならないのです。問題は、自制心とは筋肉のようなものだ、ということです。使うと疲れるのです。
所得が一定水準以下に落ちたら最低所得補償が受けられるなら、生き延びるためのお金を見つける不安からは解放されます。こうした手段が一つでもあれば安心感が生まれて、二つの理由で貯蓄をうながします。一つは、将来に希望があるという感覚を作り出すこと、そして意思決定能力を直接低下させるストレス水準を引き下げること。
欲しいものがすべて、どうしようもなく手の届かないところにあるように見えたら、やる気を維持するのはあまりにもむずかしい。ゴールポストをもっと近づけてあげることこそ、まさに貧乏な人々がそれを目指して走り出すために必要なものなのかもしれないです。
「よい仕事」は重要なのです。よい仕事とは安定した高級の仕事です。そうした仕事は中流階級がうまくこなせる各種のことを実行するのに必要な、心の余裕を与えてくれます。
貧困をまちがいなく根絶してくれるようなレバーもありませんが、それがないことを認めれば、時間がこっちの味方についてくれます。貧困は何千年も人類とともにありました。貧困の終わりまでにあと五十年か百年待たねばならないのであれば、それはそれで仕方ないことです。