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コーヒー3杯

紙の日記が苦手だから。

熊の敷石 | 堀江敏幸(新潮社)

この一冊は何度か読んでるけど、いつも内容を忘れちゃう。思い出すために何度も手に取って、また忘れることの繰り返し。芥川賞をとった表題作はじめ、収められている三篇は実は私にはピンと来てない。

それでも手放さないのは、堀江敏幸の作品だからかな。彼の本にはいつだってフランスの匂いがして、その一端を吸い込むと、自分の短い留学時代を何となく思い出して胸がくすぐったくなる。それを毎回期待して読んでるんだと思う。

熊の敷石 (講談社文庫)

熊の敷石 (講談社文庫)


「熊の敷石」はユダヤ人の古い友人との話。
久しぶりにフランスに来て、彼と再会し、かつて過ごした時間が蘇ってくる。そして思う。フランス語がまだおぼつかず、フランスにも疎かった「無知な」自分は、彼にとって話さなくてもいいことを話させる危険な存在だったのでないか、と。真相はわからない。

私は他人と交わるとき、「なんとなく」という感覚に基づく相互の理解が得られるか否かを判断し、呼吸があわなかった場合には、おそらくは自分にとって本当に必要な人間ではないとして、徐々に遠ざけてしまうのがつねだった。ながくつきあっている連中と共有しているのは、社会的な地位や利害関係とは縁のない、ちょうど宮沢賢治のホモイが取り逃がした貝の火みたいな、それじたい触れることのできない距離を要請するかすかな炎みたいなもので、国籍や年齢や性別には収まらないそうした理解の火はふいに現われ、持続するときは持続し、消えるときは消える。不幸にして消えたあとも、しばらくはそのぬくもりが残る。

貝の火」が消えても、ぬくもりは残る。そのぬくもりを感じられていれば、それでいいんじゃないか、って私も思っている。
私も作者と同じ考え方。こうしかできない。