オリガ・モリソヴナの反語法 | 米原万里(集英社)
ただいま絶賛米原万里ホリックにかかっている私。
「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」で描かれた、米原女史のチェコ時代に着想を得ているこの作品、読まぬわけにはいかぬ。
1960年代にチェコ・プラハで、志摩が通っていたソビエト学校には、謎の教師オリガ・モリソヴナがいた。
彼女の形跡を、40代になった志摩がプラハでたどる旅。
ロシア語通訳者でエッセイストの米原万里がはじめて書いた小説。
彼女はエッセイが主戦場だけあって、文章の運びが時々つっかかる。
志摩がさしたる苦労もなく(それなりの紆余曲折はあるけども)オリガ・モリソヴナの情報を手にしていく話の展開も少々興ざめ。
志摩のバックボーンはもう少し練れなかったのか、偶然の配置が多すぎるのではないか・・・とかと突っ込みどころはある。
でも、読み進めていくとこの物語を書かざるを得なかった彼女の激情のほうが勝る。
結局オリガ・モリソヴナは誰だったのか、その謎解きに夢中になってしまった。
スターリンの粛清による、外国人の不当逮捕、中央アジアにある収容所への移送、収容所での暮らし。
収容所を出られたとしても、失われた時間は戻らないし、時間以外にも沢山のものをすでに失なっている。
フィクションの強さは、物語になることによって、読み手の想像を助けてくれるところ。
スターリンの粛清、を私は詳しく知らなかった。
この作品の核は、まさしくこの「粛清」の実態を描いたところだと思う。
収容所に捉えられた女たちの描写は面白い。
いつか誰かが出所した時に、家族に自分の無事を教えてほしいと、収容所の新入りに一斉に部屋の女たちが名まえや出身を次々喋り始めること。
活字も音楽もない収容所生活の中で、同部屋の女たちが知ってる物語を語り始めたり、芝居として演じてみたりすること。
ああ、女だな、と私は思った。男はこうはいかない気がする。
この描写があったからこそ、ぐっとこの物語が自分に近くなった。
オリガ・モリソヴナの謎が解けた後は、最後にエレオノーラ・ミハイロヴナの衝撃の告白が待つ。
善いも悪いも人間は一様ではない。
悪人だと思っていた男の意外な一面を知り、読んでいて途方に暮れる。
ソ連の現代史を一気に体感できる作品。
- 作者: 米原万里
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2002/10
- メディア: 単行本
- クリック: 6回
- この商品を含むブログ (27件) を見る