コーヒー3杯

紙の日記が苦手だから。

村井理子さん本3冊

2015年くらいからTwitterでお名前を見かけるようになった翻訳家・エッセイストの村井理子さん。彼女の著作を一気に三作読んだ6~7月。推敲はほぼせずにそのままアップする。

ある翻訳家の取り憑かれた日常
Web上で彼女のブログや日記を長く読んでいたけれど、まとまった文章を紙で読みたくて、日記本が出たと知りすぐに購入。

ちょうど一年分の日記。サクサクと読んだ。言葉遣いやテキストのまとまり具合がインターネットの人の日記という印象。
色々と動く日よりも何もできなかった日の記述があってよかった。


兄の終い
日記本が物足りなく、こちらに手を伸ばす。
結果として3冊の中で一番読み物としてまとまっていた印象。文体の簡潔さ、展開の速さでぐいぐい読ませる。
父の死の第一発見者となってしまった甥っ子。彼のケアを担った、学校、児童相談所、里親のサポートに心打たれる。
血縁の突然の死は他人ごとではなく、死後の後始末が興味深かった。
兄の終い

兄の終い

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家族
人生はままならない。つい最近まで読んでいたエリザべス・ストラウトの「何がおこってもおかしくない」を思い出させるような、他人の家族の話。
「兄の終い」に比べるとテーマが少しぼやけたので、散漫な印象がぬぐえない。他媒体の文章を読んでいるため私は情報を補完しえたが、この作品だけでは、兄に対する憎しみはどこから募ったのか、兄と母の依存関係はどのように続いたのか、がわからなかった。全体の作りが甘いな、というのが正直な感想。

行く、行った、行ってしまった | ジェニー・エルペンベック(白水社)

ベルリンに辿り着いた難民たちと東ベルリン出身の元大学教授リヒャルトの交流を描いた作品。
メルケルの政策もあってドイツは比較的難民を受け入れる土壌のある国だと思っていたのだけど、大きな誤解だった。

難民一人一人の人生に触れて、リヒャルトの価値観が少しずつ変わってゆく。
ラストはどうしてあの終わり方だったのか、しばらく考えていたのだけれど、一番近しい他者を理解できなかった後悔なのでは、と私は思った。

この体に流れる血は持って生まれた者であり、好むと好まざるとにかかわらず、変えることなどできない。リヒャルトの友人モニカの息子の妻は、東西ドイツ統一後に生まれた子供に乳をやるたびに、自分が飲むコップ一杯のコカ・コーラが体のなかで母乳に変わるという奇跡に驚嘆していた。
同様に、友人たちのなかでそれほど裕福でない者ですら、いまや台所に食器洗浄機を持ち、棚にはワインボトルを貯蔵し、窓には二重ガラスを入れているのが本当のところ誰の功績なのかという問いには答えられる者もいない。だが、自分たちがこれほど恵まれた暮しをしているのが自分たち自身の功績でないならば、同様に、難民たちがあれほど恵まれない暮しをしているのも彼ら自身の責任ではない。


ガーナ出身のカロン。幼いころから貧困と搾取にさらされ、働いていたリビアでクーデターが起き、難民となって辿り着いたのがベルリン。

俺は前を見て、後ろを見るけど、なにも見えない。
俺は前を見て、後ろを見たけど、なにも見えなかった。
カロンの心配は、もはや希望を持つことを恐れるほどに彼を侵食しているのだ。


難民たちがスクラムを組んで助けあう際にリヒャルトの胸に湧き上がる思い。静かな感動がある。

友達は、いい友達ってのは、世界一いいものだ。


選びえない人生を生きている彼らを”難民”と判断し、受け入れ可否を選ぶ”私たち”は一体誰であるのか。

自分が、関わる現実を選び取ることのできる、この世界で数少ない人間の一人であることを、リヒャルトは自覚している。

わたしに無害なひと | チェ・ウニョン(亜紀書房)

昨年の読みたい本リストに入れていて、図書館で見つけて借りてきた。
友人や家族との生活の中で韓国社会を告発するエピソードばかりだけど、日本で女として暮らす自分も他人事ではない感じで、一気に読んでしまった。

主人公として設定されている彼ら/彼女たちは私と同世代だと思う。チェ・ウニョンもそう。10代20代を通り過ぎたからこそ、いま俯瞰して客観的に振り返れる。懐かしさではなく、ひそかに自分が傷ついていた事実と誰かを傷つけた記憶。
家庭内で優遇されるのは男。結婚すれば男児を生まなければならないプレッシャーがあり、夫婦間の上下関係にも他人が口をはさんでくる。男児を産むのは女なのに。子を産めない女の居場所なんて想像したくもない。
しかし女から優位を誇れる男たちの間にも階級や優劣があり、パワーゲームがある。常に誰かが誰かの上に立つ。
優劣の判断を迫られる世界で、どう他人をいたわれるのだろう。余裕のない社会で、どう他人に優しくなれるだろう。
取り巻く世界に疲れ果てて、親しい人たちと距離ができ、たとえば誰かを思いやれない行動をとったとして、誰が責められるのか。
小説の世界からはもしかしたら脱線してしまうような、とりとめもない思いが次々に湧き上がった。

「祈りが届く世界ってさ、たぶん私たちが生きてるこの世のことじゃないんだろうね。」
今さらなにを言っても言い訳にしかならないけど、それでもベストを尽くして言い訳してみたい。
何事もなかったように三十歳のハードルを越え、最初からずっとその年齢で生きてきた人みたいにしらばっくれるとも、チェ・スンジャの詩集を読みながらかろうじて持ちこたえていた二十二歳の秋みたいなものは、若き日の幼い感傷だと過去の自分を評するとも知らなかった。
絶対に傷つけたくない人を傷つける可能性もあるという恐れ。それが自分の独りよがりにもなり得るという事実は、私を用心深い人間にした。<中略>私の引力が誰かを引き寄せるかもと不安で後ずさりした。
―私、変わるから。今よりましになったら会おう。

アルタイの片隅で | 李娟(インターブックス)

1998~2003年頃の中国北西部の新疆ウイグル自治区での著者自身の暮らしを書いたエッセイ。

筆者の家族は、タイトルにある通り、都市ウルムチではなくアルタイの辺境に暮らす。
ここにはかねてよりカザフ族が遊牧生活を営んだ土地だけれど、文革時に南京から来た若者が家を建て、畑を耕した。文革後に若者たちは去り、残された家や畑をカザフ族が利用して、定住する者が生まれ、町が出来たよう。
漢族の少ない土地での言語や風習の異なるカザフ族とのやり取りや、厳しい気候条件のもとでの暮らしぶりが、驚きに満ちたまなざしで瑞々しく綴られる。悲哀はない。ただそこに生き、世界をまるごと受け止めるような著者のスタンスが心地よい。

キルギスという国に少しの間身を置いた者として、不思議な懐かしさを感じながら読んだ。
少し昔の話だから、町もカザフ族の人々や暮らしも、今では大きく変わっているかもしれない。
著者は私より少し年上だけど同世代。彼女の現在地がとても気になる。

以下、グッときた文章を抜粋。

幸い遊牧民は、まじめできっちりしているし、信仰があるから普通ツケを踏み倒すようなことはなかった。ツケで売るのは一見危ないように見えるが、長い目で見れば、結局採算は合っているものだ。
相手のことばが上手でないということはどうでもよかった。伝わればそれでよかった。もし伝わりさえしないなら、想像力が強くなければならない。
ある日、私たちだってもしかしたらこんなふうに話がしたくてたまらなくなって、誰かの家に入り込んで、話し相手を探して一生懸命話をし、話し終わると去って行くのではないか。そんな生活にもっと満足しながら。
遊牧民はこうした移動生活を築百年の家に住むよりもっと安定したものとして続けてきた。
<中略>
少なくとも私が知っている羊たちは、遊牧民が言うには、食べ物として存在しているだけでなく、それよりもっと「孤独でない」ために存在しているようだった。
<中略>
私は、こんな生活が変化を迫られるとは思わないし、こんな生活様式がいつの日か消滅してしまうなんて思いたくなかった。

アルタイの片隅で

アルタイの片隅で

  • 作者:李娟
  • インターブックス
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2022年の映画まとめ

2022年はあっという間であった。それでも映画は見た。
遅まきながらのホン・サンス監督の発見があり、今年も引き続き観ていきたい。会話は取りとめもなく、展開は何もないように見えてスリリング。私が大好きな感じじゃないですか。

2022年の映画リスト。以下47本。(★は劇場にて鑑賞)

  1. 同級生マイナス(2020/台湾)
  2. こんにちは、私のお母さん(2021/中国)★
  3. JSA(2000/韓国)
  4. 八月のクリスマス(1998/韓国)
  5. 82年生まれ、キム・ジヨン(2019/韓国)
  6. LUCK-KEY(2016/韓国)
  7. マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)(2017/アメリカ)
  8. 寝ても覚めても(2018/日本)
  9. コンフィデンシャル/共助(2017/韓国)
  10. エクストリーム・ジョブ(2018/韓国)
  11. 欲望の翼(1990/香港)
  12. ライスフラワーの香り(2017/中国)
  13. 薬の神じゃない!(2018/中国)
  14. (ハル)(1996/日本)
  15. ドライブ・マイ・カー(2021/日本)★
  16. あなた、その川を渡らないで(2014/韓国)
  17. バベットの晩餐会(1987/デンマーク
  18. ムトゥ 踊るマハラジャ(1995/インド)
  19. ツユクサ(2022/日本)★
  20. 瀑布(2021/台湾)
  21. 希望のかなた(2017/ドイツ・フィンランド
  22. 子猫をお願い(2001/韓国)
  23. カメラを止めるな!(2017/日本)
  24. 詩人の恋(2017/韓国)
  25. モガディシュ 脱出までの14日間(2021/韓国)★
  26. スープとイデオロギー(2021/日本)★
  27. KCIA 南山の部長たち(2018/韓国)
  28. コーダ あいのうた(2021/アメリカ・フランス・カナダ)
  29. 隔たる世界の2人(2020/アメリカ)
  30. 一家の主(2022/台湾)
  31. トガニ 幼き瞳の告発(2011/韓国)
  32. バッド・ジーニアス 危険な天才たち(2017/タイ)
  33. 幼い依頼人(2019/韓国)
  34. パレードへようこそ(2014/イギリス)
  35. イロイロ ぬくもりの記憶(2013/シンガポール
  36. ラヴソング(1996/香港)
  37. まともじゃないのは君も一緒(2020/日本)
  38. いつか家族に(2014/韓国)
  39. タレンタイム〜優しい歌(2009/マレーシア)
  40. 野球少女(2019/韓国)
  41. ダーリンズ(2022/インド)
  42. 逃げた女(2019/韓国)
  43. ニューヨークの巴里夫(2013/フランス・アメリカ・ベルギー)
  44. シスター 夏のわかれ道(2021/中国)★
  45. ソニはご機嫌ななめ(2013/韓国)
  46. スモーク(1995/アメリカ・日本)
  47. ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書(2017/アメリカ)

今年は例年より邦画見たな。

ドライブ・マイ・カー(2021年/日本)

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ハルキが苦手で観るの先延ばしにしてたけど、さすがにもう観た方が良い気がして先週末に映画館へ。ひとことで言えば、本当に素晴らしかった。濱口作品の「ハッピー・アワー」と似た感動を覚えて、観終えて一週間たつ今も心はブルブルブル震えている。

前半はハルキ味が強くて、正直ついていけるか心配だったんだけど杞憂だった。タイトルバックの後、2年後に世界が移動してからはのめり込むように見入ってしまった。

チェーホフの言葉がズバズバとシーンにハマっていく展開はさすが。最後のソーニャの手話は圧巻で言葉もない。発話よりも胸に迫ってくるのは一体なぜなのか。

この物語は癒しとは違う、別軸の物語だと思った。
生きることは苦しい。でも生きていくしかないね。誰かの痕跡をたくさん自分の中に刻み付けながら。
そんな話なのだと自分は思った。
実際、ワーニャを演じる家福は舞台袖で苦しんでいる。

家福からにじみ出るマチズモに蹴りを入れたくなる瞬間はあったし、「結局女に救われるのか」というレビューも読んだ。そういう観点は必要で批評されるべきだと思うけど、個人的にはコン・ユンスや高槻の存在、そしてチェーホフの戯曲も彼に影響を与えたと思う。
わかりやすい救いなんてない。私は神を持たないから、この世で得た苦しみや悲しみを死後に慈しんでくれる誰かはいないけど、死んだ後の世界を想像するのは悪くない気がしている。

遅れてやってきた、2021年に見た映画まとめ

今年も記録しておく。昔のように1作品ごとの感想をブログに書かなくなったので、感想をまとめるプレッシャーからは解き放たれたけど、その反面、作品の内容を忘れやすくなった。何に心が震えたのか忘れることが増えた。メモすればいいのに、メモさえもう面倒くさい。

今年のベスト10を絞るのは難しいけど、もう一度見返したいと思う作品を挙げるとすれば次の4作品。

  • フランシス・ハ(2014/アメリカ)
    女の子の夢が終わりを迎えて別の形で始まる物語。人生に不器用にもがいてるフランシスは他人事ではなかった。彼女のラストの笑顔は本当に素敵。

  • ブラック・クランズマン(2018/アメリカ)
    黒人を扱った作品を見たいのであれば、「グリーンブック」ではなくこちらを見るべきという口コミを見かけてこの作品を見たんだけど、納得。
    アダム・ドライバー演じるユダヤ人を間に入れて、黒人と白人の二項対立だけでなく多面的な人種差別を見せてくる構造が上手い。ぐいぐいと話を引っ張るエンタメ性を持ちながら、黒人がかつて受けたリンチの告白が差し込まれ、最後には現在進行形のニュース映像を出してくる。黒人と白人の対立は綺麗なストーリーにはまだ収まれない。

  • 芳華-Youth-(2017/中国)
    70年代に青春時代を贈った主役の二人の人生が友人である第三者によって語られる。印象的なシーンは沢山ある。でも圧倒的に忘れられないのはラストシーン。激動の社会変化の中で時流に乗り切れなかった二人の行き着いた先が尊すぎて。彼らの悲しみや苦しみは数えきれないけれど、彼らが手に入れたものは他のみんなが手に入れられなかったものだと思うから。

  • ちょっと北朝鮮まで行ってくるけん(2021/日本)
    この作品の感想は過去ポストに書いたので、省略。


今年見た映画リスト。以下50本。(★は劇場にて鑑賞)

  1. SHADOW/影武者(2018/中国)
  2. もらとりあむタマ子(2013/日本)
  3. 7番房の奇跡(2013/韓国)
  4. ハナ 奇跡の46日間(2012/韓国)
  5. 羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来(2019/中国)★
  6. 猟奇的な彼女(2001/韓国)
  7. 怪しい彼女(2014/韓国)
  8. フランシス・ハ(2014/アメリカ)
  9. ミナリ(2021/アメリカ)★
  10. 新聞記者(2019/日本)
  11. 点対点(2014/香港)
  12. ビューティーインサイド(2016/韓国)
  13. 少年(1969/日本)
  14. インスタント・ファミリー(2014/香港)
  15. これからの人生(2020/イタリア)
  16. 芳華-Youth-(2017/中国)
  17. ノマドランド(2021/アメリカ)★
  18. マルモイ ことばあつめ(2018/韓国)
  19. 長江 愛の詩(2016/中国)
  20. アキラ AKIRA(1988/日本)
  21. 国際市場で会いましょう(2015/韓国)
  22. マダム・イン・ニューヨーク(2014/インド)
  23. 国選弁護人ユン・ジンウォン(2015/韓国)
  24. イカとクジラ(2005/アメリカ)
  25. ハスラーズ(2019/アメリカ)
  26. スウィング・キッズ(2018/韓国)
  27. グッバイ・シングル(2016/韓国)
  28. 弁護人(2013/韓国)
  29. フェアウェル(2019/アメリカ)
  30. 1987、ある闘いの真実(2017/韓国)
  31. ちょっと北朝鮮まで行ってくるけん(2021/日本)★
  32. エターナル(2016/韓国)
  33. EXIT(2019/韓国)
  34. グリーンブック(2018/アメリカ)
  35. タチャ イカサマ師(2006/韓国)
  36. スキャンダル(2019/アメリカ・カナダ)
  37. ブラック・クランズマン(2018/アメリカ)
  38. リトル・フォレスト 春夏秋冬(2018/韓国)
  39. お嬢さん(2016/韓国)
  40. 完璧な他人(2018/韓国)
  41. 新感染 ファイナル・エクスプレス(2016/韓国)
  42. チャンシルさんには福が多いね(2019/韓国)
  43. ハイヒール(1991/スペイン)
  44. 22年目の記憶(2014/韓国)
  45. 汚れたミルク/あるセールスマンの告発(2014/インド・フランス・イギリス)
  46. パワー・オブ・ザ・ドッグ(2021/イギリス・オーストラリア・アメリカ・カナダ・ニュージーランド
  47. イカ(2018/カザフスタン・ドイツ・ポーランド・ロシア・中国)★
  48. チャンス商会 初恋を探して(2015/韓国)
  49. はちどり(2018/韓国・アメリカ)
  50. 偶然と想像(2021/日本)★

列挙してみると圧倒的に韓国映画が多いな、、、。